満州事変と日本の移民政策

こんにちは、代ゼミサテライン予備校北千住校です。10月3日です。1932年の今日、満蒙開拓移民団(満州移民)の第1陣が日本を出発しています。満州事変以降、太平洋戦争の終わりに至るまで、日本から国策によって27万人の日本人が満州で移住しました。今はほとんど見なくなりましたが、色々な本の著者紹介欄に「旧満州出身」と書かれた人を時々見かけたものです。満州移民の目的は、困窮した日本の農民の救済と、対ソ連に対する兵力強化といった側面がありました。

第二次世界大戦後、日本政府はラテンアメリカ諸国と条約を締結して、ブラジル、パラグアイ、アルゼンチンといったラテンアメリカ諸国へ移民を送り出しました。日本が経済成長していくとこうした移民は終わっていくことになります。ブラジルへの移民船が廃止されたのは1973年です。

では満州事変を中心にして、チェックするべき用語をまとめておきます。

・柳条湖事件(1931年)
→関東軍が満州鉄道を柳条湖で爆発した事件。

・満州事変(1931~33年)
→柳条湖事件を中国軍の行為だと主張した関東軍が、満州国を武力占領し、独立させた。

・石原莞爾
→関東軍参謀として、満州事変や満州国樹立を主導。『世界最終戦論』では将来の日米戦争を前提に満州の植民地化を主張した。