東京オリンピックと池田内閣

こんにちは、代ゼミサテライン予備校北千住校です。10月10日ですね。54年前の1964年の今日、東京オリンピックの開催式が国立競技場で行われました。アジア地域で初めてのオリンピックで昭和39年のことです。後に体育の日として祝日法が改正されて月曜日休みになる前は、今日が休みでした。10月10日が選ばれた理由は、過去の統計から10月10日に晴れる確率が高かったからです。東京オリンピックに合わせて東海道新幹線が開通し、当時はとても高価だったカラーテレビも普及していきました。

日本人が金メダルと取ったの種目としては、男子はボクシング、レスリング、柔道、体操、女子ではバレーボールです。日本の女子バレーチームは「東洋の魔女」と呼ばれ圧倒的に強さでした。現在でも女子バレーは世界の有数の力がありますね。

1964年 オリンピック東京大会

東京オリンピックの時の内閣は第3次池田内閣です。池田内閣は1960年~64年まで続きますが、特に重要な政策としては、1960年の「所得倍増政策」が挙げられます。10年間で国民総生産(GNP)と一人当たりの国民所得を2倍にする計画ですが、実際は7年後に目標を達成しました。今の日本だとなかなか想像しにくいのですが、経済規模は年々大きく拡大していきました。

1960年 所得倍増政策

なお、国民総生産(GNP)とは日本人が国内外を問わず生産した物価の総額から材料費などを引いた値になります。日本は1968年にアメリカについで世界第2位の位置に上り詰めました。現在では、働いた人の国籍を問わず日本国内で生産されたものの総額を示す、国内総生産(GDP)という指標が一般的には使われています。