岡倉天心と東京美術学校

こんにちは、代ゼミサテライン予備校北千住校です。10月15日です。1898年の今日、岡倉天心や横山大観らが日本美術院を創立しました。岡倉天心と言えば、東京美術学校(現在の東京芸術大学美術学部)の設立に関わり、初代校長になった人物です。日本美術院は東京美術学校の校長を辞職した後に作った団体で、現在では公益財団法人日本美術院として活動が続いています。岡倉天心と並んで日本の美術発展に影響を与えた人物としてはフェロノサがいます。お雇い外国人として来日して、東大で哲学などを講義していましたが、美術への関心があり、やがて岡倉天心らとともに東京美術学校の設立に関わることになりした。

日本史ワードチェック

・岡倉天心:
東京美術学校、日本美術院を設立。

・日本美術院:
岡倉天心や橋本雅邦らが設立した美術団体。

・フェロノサ:
お雇い外国人としてアメリカから来日。日本美術を高く評価して東京美術学校の設立や帰国後は日本美術を紹介する活動を行った。

・横山大観:
東京美術学校で岡倉天心に学ぶ。日本美術院の設立にも尽力。代表作に「生々流転」

・橋本雅邦(はしもとがほう):
日本画家。東京美術学校教授。

・狩野芳崖(かのうほうがい):
日本画家。代表作に「非母観音(ひぼかんのん)」

・工部美術学校:
西洋美術を教える機関として工部大学校(現在の東京大学工学部)の付属機関として1876年に作られた。その後、国内で伝統的な日本画を見直す動きが起こるなどして1883年に廃止。

・黒田清輝(くろだせいき):
洋画家。法律を研究のためにフランスへ留学するが画家へ転向。湖東京美術学校に西洋画科を設置。代表作に「湖畔」「読書」

・青木繁:
東京美術学校で黒田清輝の指導を受ける。代表作に大魚をかつぐ漁師達を描いた「海の幸」。