フランス革命の1コマ

こんにちは、代ゼミサテライン予備校北千住校です。

今日は10月16日、フランス革命のさなか王妃マリー・アントワネットが断頭台(ギロチン)で37歳の生涯を終えた日となります。

フランス革命は世界史的に非常に重要なトピックであり、必然的に出題も多くなりますので実際に何が起こったか、しっかりと流れを掴んでいきましょう。

1989年7月のパリ市民によるバスティーユ牢獄襲撃事件後、第三身分の国民議会による封建的特権の廃止と「人権宣言」により、アンシャンレジームは実質的な終焉を迎え、新しい時代が始まったはずでした。しかし、凶作や政情不安の中、食料品の価格が高騰し庶民の生活が窮乏しても国王ルイ16世ファミリーの贅沢な暮らし向きは変わらず、革命を認める様子もありません。

こうした不満から同年10月5日、主婦を中心としたパリ市民たちがヴェルサイユ宮殿に向かい行進を始めます(ヴェルサイユ行進)。ちなみに、この時マリーアントワネットが言ったとされる有名な「パンがなければお菓子を食べればいいじゃない」のくだりは、出典がそれより早いルソーの著書にあり、「マリーの発言」と言うのは王政打倒勢力の捏造であったことが判明しています。怒れる市民たち革命勢力は、国王の護衛たちを殺害し、国王家族を捉えてパリに強制的に連れ戻します

このフランスの状況に対し恐れをなした周辺国の専制君主たちの思惑も絡み、国王がフランスからオーストリアへの亡命を企てるなど(ヴァレンヌ逃亡事件)、国王側と市民の相互不信が決定的なものとなりました。結局国王夫妻には死刑が言い渡され、二人は断頭台の露と消えることになります。この後もフランス革命は主導権争いからより凄惨さを増していき、多くの犠牲者を出し、やがて英雄ナポレオンの登場を待つことになります。

フランス革命から始まるヨーロッパを巻き込んだ激動の時代は、映画、小説、マンガ等色々なメディアで語られていますので、機会があれば役立ててみましょう。

*今回のアイキャッチはヴェルサイユ宮殿です。

世界史用語チェック

・ルイ16世:
革命下に処刑されたフランス国王。その主たる原因となった財政破綻はアメリカ独立戦争に参戦したことが大きい。アメリカ国民はフランス王家に感謝すべき⁉

・国民議会:貴族や聖職者などの特権階級を除いたフランス国民(第三身分)により結成された議会。フランス国民全体の代表としてフランス革命を主導。

・バスティーユ牢獄襲撃事件:
1789年7月14日フランス革命の発端となった事件。国民議会に敵対的な行動をとる国王に反発したパリ市民が、武器弾薬を求めてバスティーユ牢獄を襲撃した。

・人権宣言:
1789年8月26日国民議会が採択。ルソー、モンテスキューなどの思想に影響を受け、これ以降の世界各国の憲法制定に多大な影響を与え続けている。自由・平等・抵抗権などの自然権を確認し、その維持を政府の義務とした。法の前の平等、国民主権、三権分立、私有権の不可侵などが規定されている。

・1791年憲法:
1791年に国民議会が制定したフランス初の憲法。立憲君主制、納税額による制限選挙、一院制議会などが定められた。