文化の日と早川徳次

こんにちは、代ゼミサテライン予備校北千住校です。今日は11月3日で文化の日ですね。明治天皇の誕生日にあたります。天皇の誕生日を祝日にするのは明治の初めから始まった制度ですが、現在は祝日法という法律に定められています。

さて1893年の11月3日、当時の東京市日本橋区(現在の東京都中央区日本橋)にちゃぶ台製造業の三男として生まれたのが、早川徳次です。家庭の事情で生後間もなく養子に出されますが、養母から冷たく扱われ食事も満足に与えられない過酷な幼少期を過ごします。尋常小学校に入学するものの2年で中退させられ、それ以後は朝から深夜までマッチ箱張の内職を手伝わされていました。これを不憫に思った隣人が世話をして金属加工の町工場へ住み込みの奉公に出ることになりました。その後10年間早朝から夜遅くまで働き金属加工をする錺(かざり)職人として技術を習得していきました。

18歳の時、ベルトのバックルを作り大きな受注が来たことから自分で会社を作って独立。独立して4年後、「早川式繰出鉛筆」を開発し特許を申請します。この商品はやがて芯を細くするなどの改良を加え、「シャープペンシル」として販売されていきました。現在皆さんが毎日の勉強で使っているシャーペンはこうして誕生したのです。その後、関東大震災で妻子を失い、加えて販売特約店から多額の保証金の返済を迫られ、事業そのものを売却することになります。しかし再起をかけて事業を再開し、国産第一号の鉱石ラジオ、国産第1号白黒テレビや電子レンジなどを開発、総合家電メーカーへと成長していきました。

ちみなにシャープは早くから液晶に関する研究開発を続けてり、その液晶画面が使われたのが1989年発売の任天堂ゲームボーイです。携帯型ゲーム機はその後も進化を続け、現在のニンテンドー3DSにもシャープの液晶画面が使われています。

日本史 Word Check!

・ゲームボーイ(1989年)
任天堂が発売した携帯型ゲーム機。画面はモノクロだが、当時の子ども達の間でたちまち大人気となった。最高売上ソフトは「テトリス」。累計販売台数1億台。通信ケーブルを使うことで対戦もできた。発売時のキャッチコピー「携帯できるファミコン」。