55年体制の終わりとドーハの悲劇

こんにちは、代ゼミサテライン予備校北千住校です。1993年の今日(11月5日)宮澤内閣が発足しました。宮沢内閣のもとでは自衛隊の海外派遣を可能にするPKO法案が成立し、カンボジアでの国際平和協力業務を行いました。国内では、佐川急便から多額のヤミ献金が発覚したことなどから政治不信が高まり、自民党は分裂して、1993年7月の総選挙で過半巣を割り宮澤内閣は退陣しました。そして、細川護熙を総理大臣とする非自民による連立政権が誕生したことから、55年体制は終わりを告げることになったのです。経済面では、バブル経済が崩壊し、平成不況に入っていく時期となります。

一方、皆さんになじみのあることとしては、この年にサッカーJリーグが開幕しました。それまで野球の力が強かった少年スポーツ界でもサッカー人口が確実に増えていくことになります。今でも現役のKAZUこと三浦知良は1993年のアジア年間最優秀選手であり、まさにJリーグの顔として活躍、ただ、ワールドカップ予選では試合終了間際のロスタイムでイラク代表から同点ゴールを奪われ、日本代表はワールドカップへ初出場への夢が絶たれました(「ドーハの悲劇」)。

日本史 Word Check!

・宮澤喜一(1919~2007)
タレントで女優の宮澤エマの祖父。元大蔵官僚。50年近く国会議員活動を続けた。第78代総理大臣。第2次森内閣で初代財務大臣(1986-88年まで大蔵大臣の経験あり)。PKO法案の可決。佐川急便事件。55年体制最後の総理大臣。

・ドーハの悲劇(1993年)
ワールドカップアメリカ大会への出場をあと一歩のところで逃した出来事。以後ワールドカップのたびに必ず誰かが触れる。日本サッカー史においてきわめて重要な語句。赤でぐるぐる巻き。