マドンナ旋風とドラゴンボール

こんにちは、代ゼミサテライン予備校北千住校です。1970年の今日、渋谷で日本初のウーマン・リブの大会が行われました。ウーマン・リブとは「女性のために男性と平等な権利を求め,男性と対等の地位や自分自身で職業や生き方を選べる自由を獲得しようとする社会運動」(ブリタニカ国際大百科事典)で「フェミニズム」という言葉を知っている方もいると思います。この運動は世界的に波及し、日本においては男女雇用機会均等法の制定にもつながっていきました。

男女雇用機会均等法は、雇用・配置・昇進に関して男女差別の禁止を義務付けた法律で、1985年に交付されました。現在でも職場での男女差別が残っていると指摘されるケースはいろいろとありますが、女性の社会進出を促していった一つのきっかけがこの法律にあることは事実だと思います。

女性の活躍という観点から見ると、1986年に土井たか子が日本社会党の党首に就任しました、女性が政党の党首になるのは初めてのことでした。この時の社会党には勢いがあり、1990年の選挙ではおたかさんブーム(マドンナ旋風)と呼ばれる人気を集めて社会党は議席数を136まで伸ばしました。現在、社会党の流れをくむ社会民主党の議席数はわずかですが、55年体制下においては、社会党は常に野党第1党であり続けていたのです。55年体制の崩壊(1993年)以降は政党が乱立し、もはや一生懸命暗記する気さえ起きませんが、戦後の政治状況は基本的には与党自民党対野党社会党という構図で動いていました。

ここで、1986年の世相を少し紹介しておきましょう。芸能関係では、前年にデビューした「おニャン子クラブ」という男女雇用機会均等法の精神とはあまり相容れないと思われるアイドルグループが活躍していました。現代のテレビではとても放送できないような歌詞の歌を歌いながら、AKBやHKTのように構成員が入れ替わるスタイルをとっていました。またビートたけしによる「フライデー襲撃事件」も起きています。

テレビ番組と言えば、今でも人気があるドラゴンボールの放送が始まったのが1986年です。2年前の1984年から少年ジャンプで連載が始まり、後に世界的な成功を収める作品となりました。

日本史 Word Check!

・男女雇用機会均等法(1985)
職場における男女差別を禁止した法律。

・マドンナ旋風(1990)
社会党党首だった土井たか子人気を表現した言葉。古文の単語帳と混同してはいけない。

・HKT48
世界史の諸岡先生とさっしーは同じ中学出身。