ユートピアとガリバー旅行記

こんにちは、代ゼミサテライン予備校北千住校です。

いよいよ2次試験が近づいてきて、余裕を持てずに気ばかり焦っている受験生も多いのではないでしょうか。世界史の暗記で頭を悩ませている人は一瞬スピードを緩めて深呼吸、余裕ができたら下を読み、すぐに気を引き締め直して続きを頑張りましょう。

本日2月6日(1478年)はトマス・モアの誕生日に当たります。トマス・モアと言えば、イギリス人で「ユートピア」を著した思想家、と暗記したはいいものの、教科書のその記述からは実際の人物像を掴みかねる、という人も多いのではないでしょうか。実際、トマス・モアは自身で大きな権力を握った公の顔と、著述家としての代表作「ユートピア」の内容に乖離があり、これがますます人物像を捉えづらくさせています。

トマス・モアは大航海時代が華やかにスタートした16世紀の初めのイギリスで、ヘンリー8世の信任の元、官僚の最高位「大法官」まで上り詰めた人物でありました。しかしモアは熱心なカトリック信者だったため、ヘンリー8世の離婚を最後まで認めず、王の恨みを買います。イギリス国教がローマから距離を置くその過程で制定された、国王をイングランド国教会の長とする「国王至上法」に反対したとして査問委員会にかけられロンドン塔に幽閉されたのち1534年に斬首されてしまいます。ちなみにこれによってカトリック教会の殉教者として1935年ローマより「聖人」に列聖されています。

これだけでも一人のエピソードとして十分すぎる大物ですが、更に著述活動における「ユートピア」も海洋冒険小説の皮をかぶり、架空の国を訪れるヨーロッパ人が現地で出会う、人々の個人が所有をするのでなく、皆で共有する暮らしを描き、その内容として共産主義の理想を描いた書として「共産主義宣言」のカール・マルクスに言及される等、世界を変えた一冊となりました。しかし、トマス・モア自身は裕福な地主の生まれであり、19世紀から始まるいわゆる「共産主義運動」とは相容れない身分であったと言えます。彼は大航海時代のヨーロッパ諸国の所業をみて、ロマンを覚えるだけでなく一番文明が進んでいるはずの自分たちが、現地の人々からすべてを奪い蹂躙する姿に皮肉を感じてこの本を著したようです。その後の影響力については自覚はなかったのではないでしょうか。

ちなみにイギリスでは海洋冒険小説の名著が多く「ロビンソン・クルーソー(1719)」「ガリバー旅行記(1726)」等が排出されていますが、ある意味「ユートピア(1516)」もここの範疇に入れて良いかもしれませんね。

それでは試験の最後の1問が終わるまでラストスパート頑張ってください!

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