渋沢栄一と国立銀行条例

みなさんこんにちは。代ゼミサテライン予備校F.E.アカデミー北千住校です。

1989年の今日、祝日法が改正され、天皇誕生日が12月23日となり、4月29日はみどりの日になりまいした。みどりの日は、現在昭和の日になっています。現在の皇太子徳仁親王の誕生日は2月23日になので、これまでの流れに従えば、来年の2月23日は祝日になりそうです。2月11日が建国記念日で祝日なので、そうなると2月には祝日が2日間できます。ちなみに明治天皇の誕生日は11月3日で現在は文化の日、大正天皇は8月31日生まれで現在は夏休みの最終日になっています。

さて、1883年の今日、渋沢栄一らによって日本初の電力会社である東京電燈が設立されました。渋沢栄一は、1840年(天保11年)に今の埼玉県深谷市に生まれ、幕府や明治政府で仕事をした後、多くの民間企業の創業に関わり「日本資本主義の父」と呼ばれています。

例えば渋沢が関わった企業としては、東京海上火災保険、王子製紙、東急電鉄、太平洋セメント、帝国ホテル、東京証券取引所、キリンビール、サッポロビール、東洋紡績、明治製菓などがあります。

渋沢の業績について、日本史の試験対策としては、1872年に国立銀行条例を定めてたことを押さえておきましょう。この条例によって翌1873年に第一国立銀行(後のみずほ銀行)が作られ渋沢は頭取になります。国立銀行とは言っても民間銀行ですが、いつでも金や銀と交換できる兌換紙幣を発行することができました。

しかしそれだけの資本力がある銀行は限られており設立は4校にとどまりました。そのため兌換義務はなくして銀行自体で紙幣を発行できるようなり、国立銀行は最終的に153校まで増えていきます。今でも地方では漢数字が名称になっている銀行があります。例えば東北の有力地銀である七十七銀行、あるいは長野県の八十ニ銀行は、六十三銀行と第十九銀が合併してできた銀行です。

兌換義務をなくしたのは貨幣の流通を促進するためでしたが、これによって不換紙幣が乱発され、インフレが発生しました。この状況を改善するために1882年に大蔵卿松方正義によって日本銀行が設立され、翌年からは国立銀行が紙幣を発券できないようにして普通銀行へ転換しています。こうして通貨発行は日本銀行が一括で行う体制に移行し、日本銀行券が現在日本の法定通貨となりました。