ディズニーランドと55年体制

香港

こんにちは、代ゼミサテライン予備校北千住校です。今日は9月12日ですが、今から13年前の2005年に香港でディズニーランドが開園しました。アジアでは東京に次いで2つ目になります。シンボルは眠れる森の美女の城。東京はシンデレラ城ですね。

さて、本家アメリカのディズニーランドは1955年にオープンしました。世界史で言えば、アジア=アフリカ会議(バンドン会議)が開かれた年です。平和共存・反植民地主義を訴えた「平和十原則」が採択されました。

1955年 アジア=アフリカ会議、平和十原則

日本では憲法改正の阻止を訴える社会党の議席拡大に対応する形で、日本民主党と自由党が合流して自由民主党が結成され(保守合同)、初代総裁には鳩山一郎首相が選出されました。こうして保守勢力が国会議席の3分の2、革新勢力が1/3維持するという55年生体制が生まれ、1993年まで続くことなります。1993年に自民党が分裂して衆議院議員選挙で過半数割れとなり、宮沢内閣は退陣して、非自民8党による細川連立政権が発足しました。

1955年 55年体制(~1993年)

1956年鳩山一郎首相がモスクワを訪れて日ソ共同宣言に調印し、ソ連との国交正常化を果たします。その結果、日本の国連加盟に反対だったソ連が支持にまわり、日本の国連加盟が実現しました。国連(
United Nations)は、第二次世界大戦後を防ぐことができなかった反省を踏まえて、かつての国際連盟に代る新しい組織として、1945年に51か国で発足し、現在は196か国が加盟しています。本部はニューヨークにあります。

1956年 日ソ共同宣言、日本の国連加盟